たくぎん総研のヒグマ事故調査


ヒグマによる人身事故に関する調査結果(たくぎん総合研究所)を紹介します。全部で20ページ以上の報告なので最小限にまとめたつもりなんですが,それでもかなりの量になってしまいました。著者の方からも「できるだけ正確に引用して下さい」とのことでしたので。

明らかな誤字は訂正してありますが, 基本的に最小限必要なところを抜粋したものです. # で始まる行は別途電話で問い合わせた内容など補足事項です。


●要旨

1970 年から 1996 年 7 月までの 27 年間において, ヒグマによる人身事故は公
式には 48 件である. その内訳は, ハンターによる事故 15 件, ハンター以外の
一般人による事故が 28 件, クマを見て驚き倒れてけがをしたなどのいわゆる自
損事故 5 件である.

# ここで, 一般人 25件(1970〜1991年)の内訳は
#   登山               1件 (日高のカムエクで 3人死亡した事件)
#   山菜取り           9件
#   仕事中(主に林業)  15件

一般人の事故は,  28 件のうち 9件が死亡しており, その内, 鉈や鋸などの武器
になるものを持っていなかったものが 7件, 持っていたものは 2件である. 生還
した残りの 19 件は, いずれも持っていた鉈や鎌または素手で反撃して助かって
おり, 死んだ振りをして助かった事例はなかった(表 1). したがって, 襲われた
時は, 積極的な反撃が有効である. 

# 死んだ振りをして死んだ例もなし. つまり, 死んだ振りをした事例そのものが
# 1970年以降無い (死んでしまって確認できていない場合でも, 状況から判断し
# て反撃していただろうと推定) .
# ただし, 1970年以前に死んだ振りをしてかえって被害が大きくなった実例など
# があって, 上記のように判断した.

被害対策としてのクマ撃退スプレーは, 現在までの北海道の公式の人身事故例で
は, 使用例がない. クマ撃退スプレーは, その使用時における制限 (スプレーを
使用可能にするための時間, ヒグマとの出会った距離, ヒグマとの位置関係, 風
向き, 気温など(表2)) を考慮して, 過去の一般人の事故 28件について, 実際に
一般人がスプレーを使用可能な状態だったのかを検討してみた. その結果 4ない
し 5例は, ヒグマとのであった距離からスプレーを使用可能にするための時間は
あったと推測された(表3) . しかし、全体の 18%でしかなく, クマ撃退スプレー
にのみ頼るのは, 過去の事例から危険度が高く, 襲われた時の被害を最小限に食
い止めるためには鉈の携帯と併用することが大切である. 

北米などの報告を引用して, 死んだ振りやクマ撃退スプレーについての有効度が
高いと報告している例が見られる. しかし, 北海道の近年の人身事故例の実体は,
特に死んだ振りの有効性は認められず, 必ずしも北米の報告とは一致しない. さ
らにクマ撃退スプレーについては, その薬剤自身の有効性はかなりあるようであ
るが, 実際に使用するには制限が多く, 薬剤の有効性とは別に考えなくてはなら
ない. 


  表1  一般人の人身事故における加害原因とその結果(1970〜1996年7月まで)

 +--------+----+--------+------------------------------+--------------+
 |加害原因|件数|結果    |撃退方法                      |加害グマ      |
 +--------+----+--------+------------------------------+--------------+
 |食害    |5件 |死亡5件 |鉈などの武器不携帯5件         |母獣1件,2歳3件|
 |        |    |        |                              |4歳1件        |
 |--------+----+--------+------------------------------+--------------+
 |排除    |20件|死亡4件 |武器不携帯2件                 |母獣1件,2歳2件|
 |        |    |        |鉈鎌1件, マキリ1件            |成獣(?)1件    |
 |        |    +--------+------------------------------+--------------+
 |        |    |撃退16件|鉈で叩く2件, スコップで叩く1件|母獣6件,2歳3件|
 |        |    |        |手斧で叩く1件, 鉄棒で叩く1件  |3〜4歳7件     |
 |        |    |        |包丁で叩く1件, 手鎌で叩く2件  |              |
 |        |    |        |もがいて蹴る7件, 鋸で叩く1件  |              |
 +--------+----+--------+------------------------------+--------------+
 |戯れ    |3件 |撃退3件 |鉈で叩く1件, 石で叩く1件      |2歳3件        |
 |        |    |        |口腔に手を入れる1件           |              |
 +--------+----+--------+------------------------------+--------------+

# これをまとめると,
# 
#  武器不携帯 16 件中, 死亡は 7 件
#        携帯 12 件中, 死亡は 2 件
# 
# となり, 武器が有効だと判断できる.


            表2  クマ撃退スプレーの使用可能・不可能の判断基準

   +----------------------------------------------------------------+
   |ヒグマとの遭遇距離が 10m 以上ある.                              |
   |(スプレーを準備する時間があったか)                              |
   +----------------------------------------------------------------+
   |ヒグマと被害者の位置関係が, 平坦(林道上など)か, ヒグマが被害者よ|
   |り斜面下方にいた場合.                                           |
   |(噴射物が, 被害者にかからない状態であったか)                    |
   +----------------------------------------------------------------+
   |気温が低温でなかった場合                                        |
   |(低温であると, 正常に噴射しない)                                |
   +----------------------------------------------------------------+
   |ヒグマと遭遇した場所が, 傷害物が少なく, 開けた空間がある場合    |
   |(ヒグマとの間に傷害物があると, ヒグマに忌避剤が有効に命中しない)|
   +----------------------------------------------------------------+


            表3  使用可能・使用不可能と判断した要因とその件数

                +----------------------------------+----+
                |使用可能                          |    |
                |  遭遇したときのヒグマとの距離    |5件 |
                +----------------------------------+----+
                |使用不可                          |    |
                |  遭遇したときのヒグマとの距離    |6件 |
                |  遭遇したときのヒグマとの位置関係|9件 |
                |  (地形・障害物など)              |    |
                |  気温とヒグマとの距離            |6件 |
                |  風                              |1件 |
                +----------------------------------+----+
                |その他(判断できなかったもの)      |1件 |
                +----------------------------------+----+
                |計                                |28件| 
                +----------------------------------+----+
 

●加害原因

(1) 食害:ヒトを食害するために襲う
   i) 空腹であるとき
  ii) 動物性の食物を渇望しているとき

(2) 排除:ヒトを排除するために襲う
   i) 人の肉体以外のものを獲得あるいは保持するため(なわばりも含まれる).
  ii) 狩猟に対する反撃
 iii) 不意に出会ったとき
  iv) 母獣が伴っている子を保護するため

(3) 戯れ・苛立ち
   i) 戯れの対象として襲う
  ii) 気が苛立っている時に狂気的に襲う


●被害の防止(一般人)

(1) 最も重要なことは, まず人の方でヒグマとの遭遇を積極的に避けることであ
    る. そのために鈴や笛などの鳴り物を鳴らして歩くこと, 時々大声を出すの
    も良い. これによってヒグマとの遭遇をほとんど予防できる.

(2) 不幸にして万が一ヒグマと遭遇した場合は, 勇猛心を奮い立たせて絶対に気
    負い負けせず, ヒグマから出来る限り離れることを念頭におきつぎの方法を
    なすこと.

  第一段階
  ヒグマの様子を伺いつつ, 静かにヒグマから離れること. 背を見せたり, 走っ
  て逃げたりしては絶対駄目である. 先に述べたように走って逃げると必ず襲っ
  てくることを念頭に置くこと. そして, 普通の音声かあるいは少し高い音声で
  何でも良いからクマに話しかけることである. その間にヒグマも人も冷静にな
  れる.

  第二段階
  なおもヒグマが接近してきたら, 間を与えつつ「どうしたお前」とか「何して
  んのお前」とか「オイ, オイ」とか「コラ, コラ」など, 大声でヒグマを威嚇
  しながら一進一退しつつ, 少しずつヒグマから離れること. ヒグマが立ち上が
  ったり, 猫が獲物を狙うときのような身体を屈めたりして「フアー, フアー」
  とか「グアァー, グアァー」とか威嚇音を発しても, 絶対に走って逃げては駄
  目である. 持ち物があればそれを少しずつ, 無ければ上着などを投げ与えても
  よいし, チリ紙でもいから,  2〜3 枚まるめて, 唾でもつけて投げ与えたり, 
  あるいはそこらにある小枝や小石でも拾ってヒグマの方に投げ与えて気をそら
  すのも良い. 

  第三段階
  それでもなお執拗に接近して来るようならば, これは人を目当てと考え, 格闘
  することを決意すべきである. 鉈があればそれに勝るものはないが, なければ
  棒切れでも小石でも拾い持つことだ. 素手よりも勇気が出るものだ. そして, 
  大声でヒグマを威嚇しながら, 立木などをはさんでヒグマと対峙すること. よ
  じ登れる樹があれば樹上に逃れて対峙するのも一策である. 死んだ振りをして
  も食害や戯れ目的のヒグマには通用しない. ましてや, 熊が襲ってきてからの,
  すなわち熊が爪や歯で人の体を攻撃し始めてからの死んだ振りは自殺行為であ
  る. 「死んだ振り」が有効な場合は, ヒグマが「人を排除するために襲おうと
  している」襲う前の段階だけで, 襲われてからの「死んだ振り」は被害を大き
  くするだけである. 

  死んだ振りをして襲ってこないような熊は, 遭遇時に人が冷静に対処して「熊
  に話しかけでもすれば」決して襲ったりはしないものである. したがって, 「
  死んだ振り」を考え, 訓練するよりも, 日頃から, ヒグマと対峙した場合の精
  神的不動さと不測の場合に鉈で対抗する気構えを培うことが肝要である. 

  第四段階
  そして, ヒグマが襲ってきたら, 怯まず反撃すること! 無抵抗は殺されるだ
  けである. 現状では鉈でヒグマを攻撃し撃退する以外有効な撃退法方はない. 
  鉈で叩きつけると熊も怯んで逃げることが多いものである. これ以外に執拗に
  襲ってくるヒグマを撃退する有効な方法はない. ヒグマを鉈で叩いたりしたら
  「逆にヒグマを興奮させるではないか」との見解もある. だが, 鉈で対抗して
  助かっている事例, さらには鉈があれば死なずに助かったと推定される事例の
  方が遥かに多いので, 鉈の有効は否定できない. 

●その他の予防対策

残飯は川に流すこと, 埋めても熊に掘り返される. テントにおいては食物は, ポ
リエチレン袋などに入れて口を閉じ, 臭気を発散させぬようにすること. 野生生
物に餌付けは絶対しないこと. 指定キャンプ地周辺に電気牧柵器を設置すること.
高床式の食料庫, ゴミ庫を設置すること. 熊の出没圏での人家付近での生物や生
ゴミは外に放置しないことである. 人家付近にたびたび出没する個体は捕獲すべ
きである. 

●文献

「野生ヒグマによる人身事故の防止対策」 門崎允昭,河原淳
 森林野生動物研究会誌 第18号 pp.50-66 1991年12月

「ヒグマによる本年の人身事故」 河原淳
 (第29回森林野生動物研究会大会で発表)

# さらに過去の文献はここから孫引きできる

私の意見(というほどのものではないですが...)は別途こちらで書いてみたいと思います。

> # ここで, 一般人 25件(1970〜1991年)の内訳は 
> # 登山 1件 (日高のカムエクで 3人死亡した事件) 
> # 山菜取り 9件 
> # 仕事中(主に林業) 15件

と登山が1件だけなんですね。なんとなく心強いです。登山ではたいてい鈴などの対策をすることが常識になっているからなのか,それとも完全にヒグマのテリトリーに入った場合は逆に安全(人間の生活域近くに出てくるヒグマは飢えていたりして危険)ということなのかも?? あくまで想像ですが....

> ●被害の防止(一般人)
> 
>   第三段階
>   それでもなお執拗に接近して来るようならば, これは人を目当てと考え, 格闘
>   することを決意すべきである. 鉈があればそれに勝るものはないが, なければ
(中略)
>   る. 「死んだ振り」が有効な場合は, ヒグマが「人を排除するために襲おうと
>   している」襲う前の段階だけで, 襲われてからの「死んだ振り」は被害を大き
>   くするだけである. 

排除目的のヒグマの場合は攻撃前に死んだ振りすれば有効「かもしれない」というわけです。表1で28件中8件の「食害」「戯れ」では反撃しないとダメ,20件の「排除」では反撃しても 4件が死亡しています。「排除」だったら襲う前に覚悟を決めて死んだ振りをすれば,もっと被害を軽微に出来るかもしれません。つまり,もしかしたら死亡4件も反撃しなければ助かっていたかもしれないとも想像できます。

これらをどう評価するか,ここに判断の分かれ目があるような気がします。それにはまだ実際に死んだ振りをした例が少ないように思えます。「もし反撃していなければ」と想像の域に入ってしまうのでなんともいえないですね。このあたりがこの調査はまだ弱いような気がしています。とはいっても調査のしようが無いことなのでしょうね。

> 残飯は川に流すこと, 埋めても熊に掘り返される. テントにおいては食物は, ポ

これは山の中ではマズイですね。他の影響が出てしまいます。

知床自然センターでの話(襲われたら無抵抗がよい)と最後の部分で逆の考えになっていて,どちらが正しいのかは私には判断できません。ただ,その最後の局面に至らないようにするために「背を見せて逃げない」など冷静な対処を求めている点では一致していると思います。 最後の最後は,やっぱり運次第ってことでしょうか (^^;


最後に,快く引用を許可していただいたたくぎん総研の河原さんに感謝します。


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